クジラを想い出すじかん

クジラを想い出す

大きな身体でゆったりと大海原を泳ぐクジラ。
ヒトよりもはるかに大きい身体を持つが、私たちと同じ哺乳類の仲間だ。
私たちパラノアがクジラに興味を持ったのは、静岡で出逢った骨格標本がきっかけだった。
「街の空気をつくる人」で取材をした「まっ工房」の薄井さん「サンアイ工業」の陽平さん、 「松建工業」のノリさんたちが制作していたクジラの骨格標本(2019年4月から約2ヶ月間、 上野にある国立科学博物館で開かれた「大哺乳類展2」で展示されていた)それを目の当たりにした時、その大きさと迫力に圧倒された。
そのクジラが家族とともに大海原を伸びやかに泳いでいる姿を想像する。その巨大な身体で1つの意思を持ち、果てしない海をゆくのはどんな日々なのだろう。

今世界中で注目されているプラスチックゴミ問題。
日本でも広く知られるきっかけのひとつになったのが、2017年に神奈川県の由比ヶ浜に打ち上げられたシロナガスクジラの赤ちゃん。
まだ母乳しか飲んでいないはずの胃の中から、自然界の中には元々存在しない素材、プラスチックが出てきたのだ。
自分が何気無く捨てたスーパーのレジ袋が、クジラのお腹から出てきたとしたらどうだろう。それが原因で死んでしまったのだとしたら。 そう考えたら息が詰まった。

クジラを愛する人たちの想いやクジラが置かれた状況を知り、毎日の行動が少しずつ変わってきた。
大海原を自由に泳ぐクジラやその家族のことを、日々の生活の中でふと、想い出してみて欲しい。
同じ地球に住む仲間として「想い出す」ことから思いやりが動き出す、そんな風に思う。

クジラを想い歌ったパラノアの楽曲

大きな身体でゆっくりと海をゆく
大きな尾ひれでいくつもの波を作る
水面の背中が赤く染まる
私は街の隙間で同じ太陽を見てる

遠い世界の話のようで
つながってるんだ
1つの中にいる

私は目を閉じ 風を深く吸い込む
彼も水面から 大きく息を吸う

はぁ ふとついたため息が森を抜けて
君の明日の酸素にかわってゆくから

偶然ここに人として立ってる
目で見て感じて
少し手を伸ばしてみる

仲間を呼ぶ歌 海に響かせる頃
私も歌うよ こうして君の歌を

遠い街で生きている
友だちの幸せを思うように
遠い海で生きている
クジラとその子どもたちを
思い出すことから

クジラを想い出すうた

クジラを想う人

今回、縁あって「大哺乳類展2」を企画監修している国立科学博物館の研究者・田島木綿子先生にお話を聞くことができた。
「研究者」と聞くと少し堅苦しく難しいイメージを持つが、田島先生はそんな予想をバッサリと裏切るような女性だった。さっぱりとしていて明るく、 動物たちへの愛に溢れている。とても魅力的で素敵な方だ。
クジラを想う人、田島先生の人となりが、インタビューを通して伝われば嬉しい。

田島先生の人となり

田島先生が研究者になったきっかけは?

研究者は同じことを言う人が多いかもしれないけど、
元々研究者という職業につくと思っていた訳でも、目指していた訳でもなくて
私の場合は「なんでクジラがあんな風に死んでしまうのか」を知りたくて
それを突き詰めた先に「研究者」っていう職業があっただけ。
「好きこそものの上手なれ」って言うけど、何かに対しての興味とか探究心、こだわりが強いだけなんだと思う。
まさに「フェチ」とか「マニア」「おたく」と同じなんだよね。

どんな幼少時代を過ごしていましたか?

小さい頃から水族館に通って…とか思われがちなんだけど、私の場合全然違って。
もちろん動物は好きだったんだけど、基本的にはスポーツ少女でしたね。
ずっとバスケットボールをやっていたかな。あとはゴム弾とか馬跳びとか…そんなことばっかりやっている幼少時代だったかな。
でもやっぱり動物はずっと好きだったんだよね。なんでだろう。周りに動物がいる環境じゃなかったんだけど、それで逆に興味を持ったのかもしれない。

クジラに興味を持ったきっかけは?

一番最初は水口 博也さんの「オルカ―海の王シャチと風の物語」を読んで
クジラとかイルカに興味を持って、カナダのバンクーバーに会いに行ったんです。

なぜ病気を専門に研究しようと思ったのですか?

獣医の大学での実習で、身体の細胞同士がコミュニケーションをとるのを見て感動して、それでもっと顕微鏡を見たいなって思ったのがきっかけかな。
あとは「病気ってなぜ起こるんだろう?」とか、病気を治す身体の仕組みにも興味を持って。

研究者というお仕事について

研究者は普段どんなことをしているのですか?

解剖をして博物館に展示する標本を作ったり、標本管理、データベース作り、書類作りなど、標本にまつわるエトセトラをしていることが多いですね。

ストランディング(海生哺乳類が陸地に打ち揚げられること)調査とは、実際にどのような工程があるのですか?

発見された方から、色んなネットワークを通じて何らかの形で連絡をもらって
場所、種類、大きさ、新鮮さなどの情報を元に、各地域のネットワークを元にどこの誰が現場に行くか調整します。例えば宮崎に上がったら宮崎大学の人に行ってもらうとか。
遠さによって、現場に行くか、個体をこちらに輸送するかの判断もします。
年間約300件くらいのストランディングが報告されているけれど、実際に解剖できているのは全国合わせても100〜150件程度かな。後は廃棄になっちゃう。

ストランディング件数が年間300件というのは多いのですか?

少ないと思いますよ。氷山の一角に過ぎないんじゃないかな。
以前よりも増えたけど、それは協力者が増えたから報告例が増えたの。本当はもっともっとあると思うよ。

クジラについて

クジラに感情はありますか?

もちろん。自分たちと同じなのかはわからないけれど、子どもを亡くした時の喪失感っていうのは見てればあるなって感じます。
それによく遊んでいるね。子どもなんかはよく寄ってくるよ。泳いでいる人間の足を引っ張ってみたりね。
仲間意識は凄くある。群で活動していて、社会を形成しているね。

クジラとヒトの共通点って何ですか?

哺乳類ってことだね。
後、毛がないってことかな。
人とクジラは、同じように真菌の皮膚病にかかったりする。

どこに行けば野生のクジラに会うことができますか?

ホエールウォッチングね、日本には意外とたくさんありますよ。
銚子・高知・北海道(噴火湾)・小笠原諸島・座間味島・能登半島もやってたかなぁ。
「日本 ホエールウォッチング」で調べてみると見つかるよ。
回遊していると中々タイミングが合うっていうのは難しいけど、子育てをする時は大体あったかいところにとどまっているから、その時は出会いやすいのかもしれないね。

山田先生との出会い

田島先生の恩師にあたる、国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ長の山田 格先生(海棲哺乳類学・脊椎動物比較形態学専門)との出会いについても尋ねてみた。

山田先生とはどのような経緯で出会ったのですか?

当時メールとかLINEとか無い時代なので手紙を書いたんですよ。
『アニマ』とか動物雑誌に色んな先生が載っているから、手紙を50通くらい出したのかな。
その中で懇切丁寧に返信を書いていただいた方が三重大学の先生でね。私行動力だけはあったので、すぐに会いに行ったんですよ。
海の哺乳類も、病理学もやりたいと伝えたら山田先生を紹介してくれて。三重大学の先生が一番最初のきっかけを作ってくれた。
色々あって、山田先生と初めてお会いしたのはそれから2〜3年後のことなんだけどね。

楽曲制作にあたって

クジラをテーマに楽曲制作をするにあたって、クジラを取り巻く環境問題は避けて通れない。
シンポジウムに参加したり田島先生から話を聞いたりすることで、そもそもゴミの分別すら満足にできていなかった自分たちに気づいた。
それがきっかけで毎日の行動が変わってきたのも事実だが、
まだ理解の浅い状態で楽曲制作することに少し難しさを感じ、率直に相談してみた。

それを曲にすればいいんじゃないかな。
「知らなかった」「こう感じた」っていうことを自分の視点で伝えてみるとか。
それだけでもうメッセージ性があるような気がする。素直な気持ちを歌にすればいいんだと思うよ。

田島先生が考える「クジラを想うこと」とは?

人間主体でモノを言わない。
よく聞く「人間のように頭がいいからクジラを守りましょう」っていうのは、そもそも人間が基準になっている時点で違うと思っていて。
結局はお互いに分かり合えるわけがないんだよ。もちろん「分かりたい」と思うことは大事。だけど、いかにも分かったような言い方では言いたくないんだよね。
それでもなるべく彼らの側に立ってものを言いたい。
それには「事実」しかないんだよね。
ストランディング個体の胃の中からビニールが見つかったこととか、環境汚染物質が体内にたまっていたりとか。
そういうところから何を考えますか?って、「事実」に基づいて言いたいの。
そうすると少しは彼らの立場に立って何かものが言えるんじゃないかって、いつも我々は思っているだけ。
人間だけがいるわけじゃなくて、大きい輪っかの中に人間、クジラ、イルカ、猿…って生物たちが同じようにいて…って、そういう風に考えた方が、私は気持ちいいなって。

田島先生プロフィール

田島木綿子(たじまゆうこ)

獣医学博士。国立科学博物館動物研究部
脊椎動物研究グループ研究主幹。
専門は海棲哺乳類学、比較解剖学、獣医病理学。